なぜバンクーバーの中華料理は異常に美味いのか―香港返還と香港系移民による広東料理文化の形成

目次

香港返還と、広東料理文化の移植

1997年の香港返還前後、多くの香港系移民がカナダ・バンクーバーへ移住しました。

その中には、広東料理の料理人や飲食店関係者たちも含まれていたと言われています。

現在、バンクーバーが「北米屈指の中華料理都市」と呼ばれる背景には、こうした香港系移民による広東料理文化の形成が大きく関係しているのかもしれません。

実際、自分も20代の頃、ワーキングホリデーでバンクーバーに滞在していた時、中国人の料理人に連れて行ってもらった広東料理店で、そのレベルの高さに衝撃を受けました。

その店の名前は、Sun Sui Wah Seafood Restaurant。

当時の自分は、まだ料理人ではなく、シーフードレストランで皿洗いをしていただけでした。
それでも、「なんだこの料理は…」と思うくらい美味しかったのを今でも覚えています。

特に印象に残っているのが、点心(Dim Sum)とカニ料理。

広東料理特有の、素材を活かす繊細な味。
油や香辛料で押し切るというより、海鮮の旨味を丁寧に引き出している感覚が強かった。

今振り返ると、あれは典型的な“広東料理の技術”だったのだと思います。

広東料理は「海鮮料理」でもある

日本では「中華料理」と一括りにされがちですが、中国料理は地域によって全く別物です。

その中でも、香港を中心に発展した広東料理は、特に海鮮文化が強い。

  • 活魚
  • カニ
  • ロブスター
  • 貝類
  • 点心
  • 上湯(シャンタン)

など、“素材の鮮度”を重視する料理文化です。

実際、自分がバンクーバーで食べた料理も、どこか日本人の感覚に近いものがありました。

特に広東料理は、

  • 火入れ
  • スープ
  • 海鮮管理
  • 点心の皮

など、非常に職人性が強い。

レシピだけでは再現できない世界です。

だからこそ、料理人が変わると味も大きく変わる。

今考えると、当時の自分は、かなりレベルの高い広東料理を食べていたのだと思います。

Sun Sui Wahは、香港文化そのものだった

後から調べて知ったのですが、Sun Sui Wah Seafood Restaurant は、実は香港発祥の老舗広東料理店でした。

もともとは香港・沙田(Sha Tin)で創業し、その後1980年代にバンクーバーへ進出した店だそうです。

つまり、自分が当時食べていたのは、単なる「海外の中華料理」ではなく、“香港の広東料理文化そのもの”だった。

これを知った時、過去の記憶が一気に繋がりました。

なぜ、バンクーバーに本格広東料理が根付いたのか

その背景には、1997年の香港返還があります。

返還前後、多くの香港系移民が海外へ移住しました。

特に、

  • 富裕層
  • 実業家
  • 高級ホテルの料理人
  • 飲食店経営者

などが、カナダへ渡ったと言われています。

その移住先の代表格が、バンクーバーでした。

理由は、

  • 香港からアクセスしやすい
  • 英語圏
  • 比較的温暖
  • アジア系コミュニティが既に存在していた

など、香港人にとって非常に住みやすい条件が揃っていたからです。

そしてこれらの条件に加えて、カナダへの移住を促進する最も大きな要因としては、1990年代にあったカナダ政府による積極的な移民受け入れ政策です。

当時のカナダは、単に移民を受け入れていたというより、経済成長や労働力確保のために、専門技能・経営能力・資本を持つ移民を積極的に受け入れていた時代でした。

これは、現在のエクスプレスエントリーにも繋がるような考え方です。
エクスプレスエントリーとは、2015年に導入されたカナダの移民申請管理システムで、学歴・職歴・語学力などを点数化し、経済的に貢献できる人材を選抜していく仕組みです。

つまりカナダは、かなり早い段階から「移民を国家の成長戦略として受け入れる」という発想を持っていたわけです。

そして重要なのが、“料理人もこの制度を利用してカナダに移住した”ことです。

広東料理は、厨房の分業文化が非常に強い。

  • 点心師
  • 焼味師
  • 海鮮担当
  • スープ職人

など、それぞれ専門職に分かれています。

つまり、単純にレシピだけ持っていっても、本物の広東料理は再現できない。

実際には、料理人や弟子たち、厨房チーム単位で海外へ移住したとも言われています。

だからこそ、バンクーバーでは「現地向けアレンジ中華」ではなく、本格的な広東料理文化が根付いたのでしょう。

当時の自分は、その意味を知らなかった

ただ、当時の自分はそんな歴史など全く知りませんでした。

「なんか異常に美味い中華料理屋がある」

それくらいの感覚です。

しかも店は郊外。
周囲は中国人ばかり。

GoogleレビューもSNSもない時代だったので、中国人の料理人に車で連れて行ってもらわなければ、絶対に辿り着けないような店でした。

今思うと、あの店は単なる人気店ではなく、“香港移民文化の象徴”のような場所だったのかもしれません。

20年後、ようやく点と点が繋がった

後になって、

  • バンクーバー中華はレベルが高い
  • 香港返還で香港系移民が増えた
  • 香港の料理人たちが海外へ渡った
  • バンクーバー郊外のRichmond周辺に巨大華人コミュニティが形成された

そういった歴史を知り、ようやく過去の記憶と繋がりました。

若い頃は、ただ「美味い」としか思わなかった料理。

でも、その背景には、

  • 移民
  • 歴史
  • 文化
  • 香港返還
  • 料理人たちの技術

そういった巨大な流れが存在していた。

料理というのは、単なる味だけではない。
その国の歴史を映す、鏡のようなものなのかもしれません。


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